阿武郡 阿東町 蔵目喜
県内で”瀑布”の名で呼ぶ資格のある滝は、阿武川の大支流である蔵目喜(ぞうめき)川の下流のこの滝だけである。水量は大井川の男滝と甲乙を争うが、発電所用に分水されないだけこちらに分があり、滝幅では文句なく県下ナンバーワンである。
滝幅が川幅より大きいというと妙に思われるであろう。理由はこの滝の風変わりな形による。川幅いっぱいにタンカーを想わせる岩体があり、へさきや舷側の甲板にあたる所から水が落ちたり、ほとばしっているからである。あたかも群馬県にある、天然記念物”吹割の滝”の逆構造のようである。弁慶瀑という名前は『山口県の自然』から拾ったものだが、もしかすると、筆者が”猿渓瀑”を聞きまちがえたのかとも思う。というのも『防長風土記』には、猿渓瀑とあるからである。
『山口県の自然』の文は大正のころ、国や県に委嘱された植物学者の採取旅行記の転載であるが、そこでは土地の人から聞いた名前とのことわりがある。
しかし、私にはそれが聞きちがいであったとしても、この滝に弁慶瀑の名前を冠せたい。この滝の、おおらかで堂々とした様子を適切に形容していると思うからである。
この滝一帯は金郷渓といわれ、広義の長門峡の一部である。ガントレットが世に紹介し、画家高島北海がひろめた長門峡だが、今チヤホヤされているのは狭義の長門峡部分である。謰渓は上流ダムで干からびてミイラ状態、金郷渓は捨て子の如く顧られず、わずかに生雲渓がその凄味を買われて、手をさしのべられている。それも上流ダムのため、肝心の水が無い渓谷としてだが。
この金郷渓には、高島北海が私費を投じて設けた遊歩道が、ほぼ無キズで残っていた。それを見つけたとき奇跡を見た思いがしたが、なぜこの渓が世間から見離されてしまったのだろうか。理由は一にも二にも、取りつきの難しさにあろう。
本流への合流点で、対岸の道路から渓に入るためには、橋もケーブルもないのでボートなどを持参するしかない。吊橋でも設けて、北海の道志を生かしてほしいと思うのだが、最近になって生雲農協が発電所を再建するというニュースが新聞に載った。滝の特徴を殺さない十分な配慮をお願いしたいものである。