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滝に関する特殊用語

<ナメ>
川床が岩盤になっていて、その上を流れが滑るように走っている状態。

<釜>
滝壷で、メシを炊く釜のように、流れ落ちる水や石が長い年月をかけて丸くえぐって作ったもの。
エメラルドグリーンか紺碧の色をたたえて美しい。

<ゴルジュ>
「ノド」の意から転じて、両岸が狭まったところ。淵などがあって通過が困難である。

<ゴーロ>
人よりも大きな岩が流れの中にゴロゴロしたところ。

<廊下>
両岸に高い壁が立ち、谷底いっぱいに水流がある。通過しにくいが、深みがなければ通れる。

<へつり>
淵やゴルジュなどで、水際を壁につかまりつつ、横ばいに進むこと。

<滝の表し方>
F8のFはFall(滝)の頭文字、8は沢口からの滝番号である。
滝のうち自分の背より低いものや、肩幅より細いものは数えない。

<遡行図の記号>

岸壁、崖
廊下、ゴルジェ
ナメ、滑床
釜、淵
巨岩・岩
滝「:」の方が下流
杣道、小道
小橋

<マムシについて>
やや短い毒蛇で動作はのろい。春先や晩秋は陽当たりのよい小道にいることがあり、夏は涼しい草むらなどにいる。岩の間や倒木は要注意。

<スリップレス靴>
渓流足袋などをいい、底にフェルトなどを張って岩とマッチしてすべりにくい。わらじなどもよいが、一面マムシ対策にならない。

<右岸左岸の基準>
上流から見て右が右岸、上流から見て左が左岸。

<高捲き>
滝などに行く手をはばまれた時、崖の脇や側面から迂回して、上流に出ることを捲きという。
特に大きく迂回することをいう。

<川の民俗学>
故宮本常一氏の「川の民」(八坂書房)に情趣あふれる文筆がみられる。
山口県内では阿武川と錦川が取り上げられている。

<チョックストーン>
大岩がはさまっている滝の意。

<侵食のはやさ、下刻のはやさ>
水量と流速によってはなはだしく異なる。流速は傾斜度によって左右されるから上流の方が侵食がはやい。
滝の部分の岩は特にはやく削られる。

<川の浸食による下刻の速さ>
一般に地盤の隆起より下刻の方がはやいので、谷はどんどん深くなる。
下刻は年数ミリ、隆起はその十分の一程度と思われる。

<滝の後退>
ナイアガラの滝は生じて12キロも後退しているという。

<河川の回春>
水量増加により侵食が再び活発になることをいう。
渓谷や滝が生まれやすい。

<平滑河床>
ほとんど河床を下刻しなくなった河床。
滝も瀬も含まない。

<滝の爆殺>
佐々並ダムの下流は漣渓と呼ばれ、いくつかの滝を含んでいたのが、鮎の遡上を妨げるとの理由でダイナマイトで爆破された。

            
 

目次



参考文献
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防長風土注進案 (1983年)


山口県風土誌〈第1巻〉(1972年)


山口県風土誌〈第5巻〉(1972年)


山口県風土誌〈第9巻〉 (1973年)


◆岩国市史

防長風土記 (1957年)


玖珂郡志 (1975年)


◆日本の滝 上・下 土屋書店・渡辺晃一

防長百山 (1977年)


◆やきもの風土記 マツノ書店・神崎宜武

◆長門周防の伝説 第一法規・松岡利夫

山口県地名考 (1978年)


◆西日本の山釣 釣りの友社・山本素石

◆日曜の地学 山口地学会

沢登りの勧め―渓谷美を楽しむ知識と技術 (1978年)


◆日本の地形 岩波新書・貝塚爽平

◆その他

            
 
 
滝とは
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「滝」の定義を百科辞典で調べてみると、河床のうち崖をなしている箇所で、水流が河床を離れて落下することを指している。したがって河床を離れず音を立てて流れている場合は「瀬」ということになる。

しかし、滝と瀬の区別はさほどはっきりしたものではない。河床を離れているか否かの判定が難しいケースもしばしばで、水量の増減によっても様子が異なってくる。たとえば旭村明木の不動滝や長門市俵山の七段の滝は「瀬」の類とも解釈できる。また、斜滝のうちで傾斜のゆるいものは、定義からすると通常時は「瀬」で、増水時は「滝」とみなさなければならなくなる。

本書では「滝」の資格の有無は問わず、主観により扱う事にする。

            
 
 
世界の滝
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世界の滝を落差で拾い上げてみる。高さ世界一は南米のベネズエラ、ギアナ高原にかかる1005メートルのエンゼルの滝である。地図上にはアンヘルの滝と記されている場合もある。最近テレビで全容が放映されたが、あたかも山頂から糸の束を垂らしたかのようで奇異の感にうたれた。

次いで南アフリカのトゥゲラの滝964メートル、ノルウェーのクェルホッセン滝780メートル、アメリカのヨセミテ滝728メートル、ニュージーランドのサザランド滝680メートルと続く。高い滝は氷河の関係した国に多いようだ。

滝幅については、これも世界一は南米で、ブラジルとアルゼンチンの接点にあるイグアスの滝だ。幅約四キロ、馬蹄形をしていて、その最奥を「悪魔の喉」と呼んでいる事からも、その迫力がしのばれよう。その落差しゃ100メートル以上だという。

これに次ぐのがアフリカのザンビアなど三ヶ国の接点にあるビクトリア滝で、リビングストンの命名による。滝幅1600メートル、落差150メートルの壮瀑である。

知名度ナンバーワンのナイアガラの滝は幅1200メートル、落差50メートルで景観は世界一だという。

            
 
 
日本の滝
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世界に較べれば日本の滝のスケールはぐっとおちる。その中で、日光の華厳の滝、紀伊那智の滝、続いて岡山県北の神庭の滝、茨城県北の袋田の滝などがよく知られている。いずれも100メートル内外の落差がある。前三者は実地に対面しているが、どれと序列をつけにくい。

落差日本一は、立山山麓の称名の滝で350メートル、四段に落ちる。他に北海道大雪山麓の羽衣の滝、栃木県奥鬼怒のオロオソロシの滝、奈良県大台ヶ原の中ノ滝と西ノ滝はいずれも200メートル級である。

滝幅の方では鹿児島県の曽木ノ滝が、高さ12メートルながら幅の方は210メートルあるそうだ。袋田の滝は幅73メートルで、高さ121メートルというから、スケールの大きさでは日本一だろう。

ユニークなものでは、水量豊かな斜滝として尾瀬・平滑ノ滝、甌穴群で有名な宮崎県の関の尾ノ滝、独特な形の吹割れの滝、水紋の美しい、宇和島近郊の滑床渓谷中の雪輪の滝などがある。

            
 
 
滝の博物学-滝と植物-
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滝に特有な樹としてタラヨウ(多羅葉ーモチノキ科)が目につく。どういうわけか、滝の周辺や渓流の傍に多く、普通の山野では見かけない。おそらく、その実が湿度の高い場所でないと発芽しないからではないか、とは同僚の南氏の弁である。

この木の葉はかなり大型で厚く、表面に光沢がある。ナンテンのような実をつけるし、庭木に良いと思うのだが、小苗が少なく、あっても岩の割れ目深く根をはっていて取りにくい。

草花では大文字草やイワカガミ、イワタバコを目にする。今では貴重品となったイワヒバは、かつては滝壁にいくらでも見られたのであろう。ときおり滝の側壁をトラバースしている時見うけるくらいだが、大井川の奥畑川の滝を高巻いている時、べったり群生しているのを見かけた。誰かが採集品の一部を放棄していたのを見て不快な気分になったのを思いだす。その岩場には多肉植物のようなツメレンゲも生えていた。

滝の側壁には苔が定着していて、落ち着きのある色をかもし出しているものだが、その苔にも色々な種類があるのか、色調もさまざまである。黒っぽい緑色が、ニ鹿の「すずかけの滝」は、秋だというのにライトグリーン一色で鮮やかだった。

イワタバコ   イワカガミ

            
 
 
滝の博物学-動物-
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魚ということになると、あいにく私は釣をやらないので、お茶をにごすしかない。

山深い滝壷にみられる代表的なのがアマゴとヤマメ。どちらもマスの陸封魚、つまり海に下れなくなったマスなのである。もう一つイワナという陸封魚がおり、その一変種がゴキである。これが山口県の脊梁地帯である宇佐川と木谷川の源流域にいる。これは全国的にも珍しい存在なので、天然記念物に指定されている。

イワナは激流をさかのぼる力が強く、滝をも登るといわれる。平地の滝壷には、これらの清流にしか棲まぬ魚はいない。かつて行列をなして滝壁を登っていたというヤツメウナギは、どこにも見られないようである。周東町中山の魚切りの滝や、今は管野ダム水底の撲玉の滝には、バケツで汲み取るほどいたという。農薬による生態系の変化がここでも見られる。

ヤツメウナギ

            
 
 
滝の博物学-岩石-
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滝を構成する岩石は一般に硬いのだが、それにも色々種類があって見るものに与える感じも異なる。

 花崗岩は周防部で見かける最も普通のものだが、風化し易い性質がある。滝を作りやすいのは、このうち風化浸食に抵抗力の大きい細粒のもので、滝壺がいわゆる「釜」になりやすい。竜ヶ岳峡や犬戻峡で見られ、その岩肌は白っぽく、清楚である。

 周防部の滝でもう一つの派をなすのが弱変成の堆積岩で、この方は黒っぽく、場合によっては縞模様が見られる。二鹿の梅津の滝周辺の岩はこの模様が美しく、岩だけでも鑑賞に値する。しかしここからさほど遠くない大かづらの滝は、黒一色の硯のような岩体である。

一方長門部の滝にみられる岩には火山性のものが多く、凝灰岩や流紋岩質のものが多い。そして岩質に光沢を欠くきらいがあり、水の不透性が弱いのか、集水域に比して水量が少ない。

長門部の滝が周防部に比して少なく、美しさの点でも劣るのは、岩質によるところが大であろう。

            
 
 
滝の名前
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 県内に十メートル以上の滝が百五十箇内外あると思われるが、そのうち固有名詞をあたえられているものはさほどない。「大滝」のように半固有名詞のものもある。そこで名前のないものや確認のむずかしいものには、越権行為のようだが、勝手に仮称を冠させてもらった。したがってどうしても、地名や川の名前から引用したものが多いが、名付けのむずかしいものには「F8」のように滝ナンバーをつけている。

ここに取り上げた主要な滝の場合、さすがに名前を持っている場合が多かった。県内の滝の名前に、その性状や形を形容したものが多く、宗教色の少ないのは、滝のスケールの問題の外、防長人のクールさを示しているのかもしれない。

            
 
 
滝を捕らえるまで-滝を捜す-
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このテーマに取りかかるまで、県内の滝に関する私の予備知識は十箇に満たないものであった。渓流に魅せられて沢を歩き、滝を知り、滝に魅せられて沢歩きに熱中するという過程をくりかえして今に至った。

「滝」をテーマに取り上げようとおもうように思うようになった頃には、すでに相当数のデータが頭の中にたまっていた。が、県下の滝を網羅しようとなると取り組みが必要となってきた。

自分の知らない滝、人も知らない滝を発掘しなければならない。

また、地図に記入されており存在の確実な滝も、自分の眼でたしかめる必要がある。自分が接した事のある滝も、写真に収めたり、高さを測ったりする必要がある。

つまりそれぞれの滝が私のデータブックに収まるまでには、存在情報、存在場所、姿態、状況、名称などの確認過程を経た。

滝を捜すための第一の手段は、地図上から滝記号( )を拾うことである。その地図とは五万分の一地図と二万五千分の一で、十七個の滝をピックアップできた。

第二は渓谷や沢を溯行してみる事である。体当たり的だが未知の滝をみつけ出す最も有力な手段となった。その渓谷や沢は、二万五千分の一の地図上で「しわ」のよりぐあいから推量してさがし出したものである。

第三は人からの情報である。知人とか、通りすがりに地元の農家の方にたずねるとか、まれには市町村役場に電話で聞くとかの方法で、いくつかの収穫がもたらされた。

第四はローカル出版物からの読み取りで、市町村誌や観光パンフレット、古文書などから引き出した。
その他通りすがりの案内地図、標識からたたまたまみつけたものも二つ三つある。

            
 
 
滝を捕らえるまで-滝との対面-
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滝のあるらしい事が判明しても、実地に対面しない事には、正確な場所やそのスケールがわからない。その対面が車の横付けでかなうものや、背広、革靴でいけるものもある。

一方で、一大決心を要し、それなりの装備と服装を用いなければならないものもかなりある。ここでのべるのは後者の場合である。

人の踏み入る事のほとんどない沢には杣道のない事が多いし、あっても高巻きしていて滝の場所をはずしている。そこで転落や滑落事故を防止するために、ロープ(ザイル)やヘルメット、スリップレス靴などが必要となる。夏場にはマムシの危険もあるので、裾長のズボンに、適当な長さの棒などもあった方がよいと思う。

私の場合、足まわりには岩場用の釣り師の靴を用いている。これはスリップ対策と、マムシ対策の両面長じていると思うからである。それに単独行が多いため、ザイルのかわりに十メートルばかりの丈夫なケーブル線を携帯する。そして大滝は高巻きで越え、四~五の小滝はこのケーブルを活用する。

なお淵を伴うゴルジュ以外は、河床そのものをたどった方が安全のようだ。水を回避する気持ちが思わぬ事故につながりかねないし、いったん水につかってしまえば意外に快適で、マムシややぶの事も配慮する必要がないからだ。

            
 
 
滝の記録
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滝に対面できれば当然、その高さや形などおよその事はわかる。しかし正確を期するためには、カメラや測高用具が必要である。どちらも携行に不便なので、捜索段階では持参しない。したがってニ回目以降の対面で記録を行うのが普通である。

カメラは当初自動露出のいわゆる「バカチョン」を用いた。しかし滝のある場所は概して入射光が足らず、シャッターのおりない事がしばしばであった。画面に収まりきらない事もあったので一眼レフカメラ(オリンパスOM2)を購入した。50mm標準と28mm広角を主に用いている。

被写体としての滝は、一般の場合と異なり苦労が多い。まず眼前に邪魔物が多い。また足場が限られていて、適当な距離や角度が選びにくい。さらには逆行や極端な俯角、仰角になりやすい。などから印象を正しく伝える画像がなかなか得られない。

一方測高用具はいろいろな試行を経て、自作の透過方式のものを用いている。スチロール製にメートル印をしたものを巻尺とし、おもりとしてメロン大の漁業用プラスティック球を用いている。普段はその球に縄の部分を巻いてコンパクトにしている。

測高の際は、これを滝の上面へ持ってゆき、滝壷まで投下する。そして高さを読み取った後捲き上げるのだが、一番危険なのは滝壷にとどいたかどうかの確認をする作業である。というのも上から滝壷の見えないのが普通だからだ。

最近は経験の蓄積でほぼ目測で実数に近い値が出るようになったので省略する事もある。

            
 
 
滝の民俗学
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土屋書店刊の「日本の滝」という書に目を通して気付いたのは、滝の名称に仏教語が多いということである。その中でも「--不動」は特に目立ち、60に及んだのは驚きであった。なのに山口県の滝にはその名のないのが不思議である。

次いで修行に関わる名称で、この方は県内にも「道栄の滝」とか「徳仙の滝」とかがある。同じく滝の名前に、仙人・天狗・竜・不老などの超自然的な名称がよく登場する。滝には超世俗的なものを感じさせたり、求められたり要素があるのだろう。つまり古人にとって、滝は古巨木や大岩と同じく近寄り難い惧れの感情を生じさせるもので、宗教的神格化を起こすのであろう。

滝の実利は、用水の取水場所という事につきるであろう。滝壷のすぐ下手とか上面から導くようになっている。用水路は、山腹を等高線に沿うようにめぐらされ、田畑につながっている。

滝が用水路取水口に利用され易いのは、それがたいてい山峡部にあるため、堰き止める工事が少なくてすむことが第一、用水路に適当な勾配をもたせやすいことが第二であろう。そのかわり、用水路は山腹の斜面をかなりの距離続くことになるため保全が大変である。昨今の過疎化や休耕のため、用水路の保守がなされず放棄されてしまっているのをよく見うける。

最近のレジャーブームで、滝を観光化させ、その涼しさを誘引剤として、現金収入の途にしたものを見る。たいていソーメン流しである。

ところで、川は古来、物資の運搬路や文化の道の役割を果たしてきたが、滝はそれをさえぎる悪役も演じたであろう。昔は陸路より川を利用した方が、物資の輸送コストは安かったらしいが、途中滝のかかっている場合、どう対処したのであろうか。大井川の男滝や蔵目喜川の弁慶瀑、宇佐の大滝などはかなりの大川にかかっているので、後背地も広い。いずれも経済的にも文化的にも上流地域に対してそうとうのマイナスをもたらしたであろう。

            
 
 
滝の現在・過去・未来
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関西わらじの会の中庄谷直氏の著書に『沢登りの勧め』(ユニ出版)がある。沢をやる者の必読の好著と思うが、その文中、「滝」の項から一部引用させてもらうと、「一口に滝といっても、その姿・形は千差万別ひとつとして同じ物はない。その名称だけでも、飛瀑、長瀑、斜瀑、瀑布、秘瀑、瀬滝、チョックストーン滝、 ナメ滝、ネジレ滝、空滝、細滝、S字状滝、隠れ滝とあって捜せばきりがない。二段、三段、四段、多段、連瀑、群瀑、二条、三条、数条というのもあれば、長さでは、100メートルを越す大滝から二~三メートルの小滝まで大小さまざまである。」

県内にも、群瀑と数条滝以外その具体例をあげる事ができるが、ここでは割愛させてもらうことにする。

このような滝の多様性はどういう因果がからんでいるのだろうか。これについて私の主観や私見を交えて記述してみた。

            
 
 
滝の誕生から死まで
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低平地で滝の生まれる主因は岩石の硬軟差である。河床が硬層・軟層のサンドイッチ構造になっていれば、下流側の軟層が速く削り取られ、上流側の硬層が残って落差を生じる。一つの層が厚ければ滝も高くなる。九州では溶岩流が硬層の役をして滝となっているのを見かける。山口県には平地の滝が少ないからこのような原因で生まれたものは多くないであろう。

県下に割合に多いのは、山峡部や懸谷にかかっているものである。本川と枝川との浸食のはやさが異なるため、段ちがいが生じて懸谷の滝となっているものをよくみる。本川からいくらも離れていないのは、若い滝で、離れているのは年数の多いものであろう。

本川の山峡部自体にある滝には、関心を持たずにいられない。というのは、渓谷をなしている事自体、近い過去における地質学的異変を物語っていると思うからだ。その異変とは、急激な地盤隆起かまたは河川争奪などによる流路変更を指している。

山口県下には、直接、間接に河川争奪によって生まれたものが、そうとうあるように思う。深谷峡や長門峡は高津川の上流部を、錦川や阿武川に奪われて生じた事はあまりにも有名である。その余波が宇佐大滝や霧降の滝、飛渡の滝や猿渓瀑を生み出したのだと推定している。

最も多いのは沢の途中にみられる滝だが、これはあるべくしてあるもので、落水に洗われて、一番削られにくい岩塊の部分が滝をなしているものだ。急流のどこかが滝となる運命なのだが、風化しやすい岩体や、節理の多い岩だと小滝ばかりで見栄えがしない。

            
 
 
滝の老化と消滅
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滝を含む渓谷は比較的若い谷で、年数を経ると、両岸は高いが川底の平滑な、廊下のような形になる。そのようになるまでには、岩質や傾斜、水量などにも左右されるが、少なくとも数万年の年月を要するようである。

山の寿命が数百万年、樹木が数百年というのに比較すれば長いようでもあり、短いようでもある。

滝の生成から消滅までのプロセスを説明した専門書が見当たらなかったので、学者のオーソドックスな見解が判らないが、ここでは私の感想めいたものをならべてみたい。

硬軟の互層の抗浸食差から生ずる滝の場合、だんだん成長して、高さと形を整えつつ後退し、やがてピークを過ぎて衰退・消滅に至る、と思われる。そして、その寿命は地層の構成に依存する。

河川争奪や流路変更の場合、短時日の間に出現して成長して、後退しつつだんだん斜滝となり、瀬化してしまうであろう。この場合、アクシデントの起こった場所以外にも、下流の水量増加による浸食作用の加速で、副次的な滝が生じよう。懸谷が滝となり、上流の川の内には硬岩部が滝を生みだす。こうして生まれた滝も、平和の永続と共に目立たない瀬と化してゆく運命にある。

山の斜面にある滝、すなわち沢の中の滝は、年月と共に高い所に登ってゆく。それと共に水量は少なくなり、落石によるゴーロの中に埋没したり、空滝の部類になったりしてしまう。山口県西部の滝はほとんどこの類型に入るように思う。

滝が垂直型から斜滝やナメ滝へ移行してゆくのか、その逆なのか私も判断しかねている。おそらく、斜から垂へ、そしてまた斜への経路をたどるのではないかと思う。同様に多段の滝から、一段や二段の滝へ、そして又多段の滝へ、さらには瀬となり、平滑河床への運命をたどるのが一般的なのではなかろうか。あくまでも私一人の空想の産物である。

            
 
 
おわりに
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『沢登りの勧め』の中の中庄谷氏の文を再度引用すると、「滝は渓谷の華ともいわれ、滝が多い沢ほどよい沢、格の高い沢とされ、沢党にとっても滝の登攀は沢登りの最大の楽しみである。」のくだりがある。

私もいい滝に面すると、心の中にはじける何かを感じる。私は県内の100を越える滝に接してみて、美しい滝、無口な滝、がさつな滝、穏和な滝、はげしい滝・・・・というように、滝は十人十色だと思った。

これらの滝の美的要素を抽象してゆくと、十分な造滝岩の露出を伴うこと、滝壷やプラットフォームを具えていること、樹木による縁どりのあること、きれいな水質で十分な水量があること、岩肌の良い事、落水の形の良い事などが条件となろう。

美人である事が、体型や顔形だけによらないように、平凡な滝やがさつな滝も手の入れ方によっては、人の心をなごませることができよう。たとえば周囲の植生の改良とか、滝壷から下手の落石やゴーロの除去などは、現実的にして有効な方法である。もっとも時には短絡的に、樹木を刈り払ったものを見受けるがこれは逆効果である。見通しを良くするつもりだろうが、百年以上の年月を経て安定した樹相をなし、まわりと調和しているものをぶちこわすだけでなく、日光の入射過多による植相の激動を招くことになる。普通には草やつるによるやぶ化、条件によっては竹の侵入がはじまる。

整形美容のように、岩や形をいじる事は遠慮してもらうとして、今ある状態をそのままに保全してもらう事は、改良以上に重要である。近年道路工事等に伴う滝の損傷をかなり見受ける。この本で取り上げた中でも、徳地町の天神の滝は林道工事によって、ガラリとイメージを変えたし、大だにの滝も恐らく形状を変えているであろう。笹ヶ谷の滝などは、菅野ダムの湖底の撲玉の滝のように、地図から抹消されてしまう運命にある。

そこまでに至らなくても、近くに洪水対策用の堰堤を設けた為に瀬や淵を失い、堆石により殺伐としているのをしばしばみうける。そもそも上流山地の森林皆伐や林相改善(?)が雨水の保持力を現象させたがためにセキが必要となったのであり、伐採のために林道を敷設する事が、落石や地すべりを誘発している。そしてそれが又下流へおびただしい土砂やゴーロを運搬して、下流地域を損傷し、美観をもそこねるといった悪循環をなしている。

このような実態を目にして、私が行政の当局者となったと仮定して、次のような対策を空想してみた。

(一)国土の美化や保全のために、美容師や理容師に相当する専門家の資格を設け育成する。又その制度が生きるように財政、雇用対策も伴うものとする。(いわば国土保全士ともいおうか。)

(二)河川筋については両岸を幅数㍍で最上流まで国有化し、無用な伐採を禁じ、適切な植生を育てるべく財政措置を講ずる。

これが「夢」ではく、「現実」となることを切望するものである。渓流や滝がズタズタにならない前に。